赤い――。
青々とした木々も、爽やかな風が吹き抜ける草原も、道端に力強く生えている小さな花も見る影もない。
太い幹しか残っていない木々、焼け焦げた地面がむき出しになっている。
あたり一帯、どこもかしこも炎に包まれていて、草花や虫などの小さな生き物はとてもじゃないけど生きていられないだろう。
一人暮らしするには十分であろう広さの木で作られた小屋は、メキメキと音を立てて屋根から崩れ落ち始めた。
一体、何がどうなっているのか――
深夜に一人の男が来訪し、何も言わぬまま私の腕を掴んで連れ出され、あたりが一望できる小高い丘まできていた。
男は片手に刃こぼれしている両刃の剣を握り、防具と呼べるようなちゃんとした装備は身に着けておらず、ごく普通の村人の装い。
そして、顔見知りだった。名前は確か…。
「顔見知りっていうのはひどいな。毎日会っているのに。」
うるさい。
これくらいの距離で肩で息をしているような人間は顔見知りで十分だ。
「――で、大方予想はついているが、何が起きている?」
この人間の集落に私が住み着いて何年経過しただろうか。
私が、他種族の、ましてやこの世界で最強を誇る種族――竜族だと知ったとき、怖がる者も多かった。
そのため、集落の少し外れに小屋を建て、そこで私は静かに暮らしていた。
時には集落に近づく魔物を片づけたり、庭の小さな菜園で穫れた余った野菜を分けたりと、人間に寄せた生活をしていた。
それが私の望みでもあったからだ。
争いも諍いもない平穏な日々が過ごせるだけで良かった。
そんな私の想いを感じ取ったのか、いつしか人間の方から干渉してくるようになった。
「いつも魔物を退治してくれてありがとう。」
「うちの畑は今年はイノシシにやられて散々だったんだ。アンタんとこの野菜、ありがたく頂いてるよ。」
その時は素っ気ない返事しかできなかったが、正直嬉しかった。
ここでなら上手くやっていけるかもしれない――そう思った。
彼は乱れた息を整えてから、端的にここに至るまでの経緯を説明し始めた。
事の発端は一人の冒険者を名乗る男だ。
遠方の人間が統治する国で竜族による反逆があり、国が一つ滅んだという。
竜族は、普段人間と変わらない見た目で過ごしているが、その力を発揮するときは伝説に伝え聞くドラゴンの姿かたちになる。
彼らが破壊の限りを尽くした後には何も残らないといっても過言はないだろう。
この話の真偽はともかく、毎日田畑を耕してのどかに暮らしているこの集落の住民にとって、外の話は刺激的だったのだろう。
小さな集落だ。瞬く間にこの話は村中に広がり、竜族を危険視する声が上がった。
こんな小さな集落は竜族の逆鱗に触れたらひとたまりもないだろう。
どうすれば子供たちを守れる?
そもそも人間は竜族に勝てるのか?
油断しているところにとどめを刺したらどうだろう。
だったら寝入ったころに火を放とう。
幸いここから少し離れているから燃え移ることもあるまい。
確実に仕留めるために、眠りやすくなる薬草を混ぜたものを食べさせよう。
万が一気が付いても、動揺している隙に心臓を突き刺せば俺らでも竜族を殺せるさ。
時間をかけるとバレてしまうかもしれない。今夜にでも決行しよう。
弱くて傲慢で愚かな人間が導き出しそうな答えだ。ある意味、正解だ。
「すべてが片付いたらその冒険者はたんまりと報酬を得られるようになっているのだろう。
全く…、人間はいつの時代も愚かしいな。それに――。」
私は、男が手にしている剣に視線を向けた。
「その程度の武器で私を殺せると思っているのか?」
「いや、これはどちらかといえば護身用――。」
男が言い訳を始めたその時、遠くから大勢の人間の雄たけびのような声が聞こえてきた。
彼らは口々に「いたか?!」「いや、どこにも見当たらない!」と繰り返している。
十中八九、私を探しているのだろう。
「そんなことより、あなたはここから遠くへ逃げてください。
直に彼らもここにたどり着いてしまう。」
「しかし、私を逃がしたとあってはお前の身が――。」
遠くから男衆が喚き散らす声が聞こえてくる。
まだ火の手が回っていない周囲を探すようにしたようだ。
そうなると、彼が言った通り、武器を携えた村人たちがここにやってくるのも時間の問題だろう。
「僕なら大丈夫。
僕にとってはこの村のみんなも、もちろんあなたも、大切な人だから。」
男はの剣を地面に置き、私の両肩をつかんで耳元に口を寄せる。
まるで最期の言葉のように囁いた言葉は毎日聞いていた言葉だったのに、消えずにずっと耳元に残っているようで。
目の前の彼はすでに背を向けて駆け出していて、引き留めることもできたのにそれもせず。
「――人間のお前に口説かれたところで、何とも思わぬと言っただろうが…。」
平和だった日々、毎日していたやり取りと同じ言葉を呟いて、その場を立ち去ることしかできなかった。
果たしてその言葉が彼の耳に届いたのかどうかは定かじゃないが、きっと伝わっているだろう。
「次に会うことができたら、今度こそ、僕のお嫁さんになってください。」
* * *
あれから10年。
人間からしてみれば長い時間かもしれないが、1000年を生きる竜族にとってはとても短い時間だ。
私は街や集落を2~3年単位で転々としていた。
ひとつのところに長い間いると、見た目が変わらないので竜族であることがばれてしまうからだ。
腰を落ち着けることはできなくなってしまったが、今のところ争いのない平穏な毎日をおくれている。
今日は新しい街での新居を探しに来ている。
この街は商業が盛んなのか、人通りが多くとても賑やかだ。
小さな集落は村人全員がお互いの状況を把握しあっているので親しくなると安心感はあるが、このような街は互いが干渉しすぎないため、それも気楽でなかなか悪くない。
ただ、人が多いところはそれだけトラブルが起きやすいので、住むのなら街外れの静かな場所が好みだ。
歩きっぱなしで少し足が疲れたので、休憩がてら近くの公園のベンチに座った。
中央に大きな噴水があって、水しぶきが太陽に反射してキラキラしている。
近所の子供たちが仲良く追いかけっこをして遊んでいて、とても微笑ましい。
新しい場所を訪れるたびに10年前の出来事を思い出す。
ほんの些細なきっかけで終わった平穏。
自分がそもそもそこにいなければ起きなかったことだが、過ぎたことをアレコレ考えても仕方がない。
私を助けてくれた彼は、当時は成人したばかりでまだ青臭かったから、もし無事でいるとしたら今頃は好青年に成長しているだろうか。
名前は、確か…。
「やっとみつけた。いっつも入れ違いだったから避けられてるのかと思ったよ。」
聞き覚えがある声と共に、目の前がふっと暗くなった。
逆光で顔がはっきりと見えないが、声と輪郭から想像できる容姿でだいたい想像がつく。
声の主は一歩私の方に近づくと、座っている私に目線を合わせるようにその場に片膝をついた。
「約束通り、迎えにきました。僕のお嫁さんになる覚悟は決まりましたか?」
私の記憶の中の彼よりも体躯がよくなっており、動作の一つ一つに大人の落ち着きを感じる。
以前のような青臭さを感じるところはなく、想像以上の好青年に成長したようだ。
「――お前の口説き文句は聞き飽きたし、そんな約束…した覚えはない。」
「よかった!僕の一生をかけて幸せにします!さぁ!今から二人の新居を探しに行こう!!」
「おい、ふざけるな。どこをどう解釈したら承諾したように受け取れるんだ。」
勢い良く立ち上がった彼の表情は、また逆光でよく見えない。
なんとなく、すごく嬉しそうな顔をしているような感じがした。
「そんな顔されたんじゃ、そうとしか受け取れないよ。」
彼にそう言われて初めて自分がどんな表情をしているのか認識した。
口をついて出た言葉とは裏腹に、口元が綻んでいたようだった。
容姿もハッキリしていないのは決まってないから。 (`・ω・´)キリッ
人間♂は愛が重すぎてストーカー気味。竜族♀は堅物ツンデレ。